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牛の聲②

皆さんもうとっくにお察し付いているかと思いますが、話はまだ終わりではありません。
思えば僕らの学級自体、珍しくおとなしいタイプの生徒が集まっていたんですよね。
だからその分やんちゃな牛島くんが特に目立ってしまったことはあったので、そこは少しだけ同情の余地はあるかもしれません。
あの後、濱地くんのいなくなった僕らのクラスルームはまたしても牛島くんの支配下に陥ったわけですから(今思い出すと支配という程のことでもないんですけど)、牛島くんはその後の行動も相変わらずで、ターゲットを決めたらほとんど泣かせるまで嫌がらせを続け、飽きると他の子をまた探すというやり方を繰り返していました。

やがて僕らは5年生に進級し、クラス替えも行われたせいもあってクラスの雰囲気は少し変わっていきました。僕は磯部くんたちと同じクラスになり、そして不幸にも牛島くんと同じクラスになりました。

そして例の問題児。牛島くんはと言うと、その見た目にここ数ヶ月で急激に変化が加わり、日が経過するうちにいじめっ子の風格が露骨に現れたというか...今まで以上に何ともふとましく、あんこ型のルックスにできあがっておりました。
そうなんです、元々ぽっちゃりだった牛島くんは、聞いた話によると半年足らずでジュッキロ以上も増量したんです。その変化は普段から見ていた僕らにも分かるくらいの劇的な変化でした。
お腹周りや腰の下もぶっくり膨れ上がって、体操服を着るとピチピチになってしまって見るからに窮屈そうでした。その体操服の上着の裾からは、彼が動くたびに腹の贅肉が見え隠れしているのです。
ある種、ティピカルないじめっ子タイプの容姿に仕上がったんじゃないかと言う、皮肉交じりの噂をその頃になるとよく耳にしました。

ただそれにしては、牛島くんの身長は相変わらず伸びないままでした。(4,5年生の間じゃ仕方がないかもしれませんが...)
しかし僕はまん丸くなった牛島くんの容姿を見て、今までよりも親しみを持つようになっていました。相変わらず彼の性格は最低最悪でしたが、太った牛巻くんは頑丈でゴツゴツした体型というよりは、どことなくあどけないと言うか...何だか柔らかいイメージになったというのが、僕の正直な感想だったんです。(気のせいかもしれませんが 笑)

実際その頃になると僕らも5年生に上がって精神面でも僅かながらも成長し、みんな徐々に仲間意識がより強くなるんです。命令しかしない牛巻くんに露骨に距離を置く生徒も多くなってきていました。
牛島くんのの性格は相変わらずですが、変わったことと言えば今まで以上にプライド(だけ)が高くなっていったこと、そして食べ物にとことん卑しくなっていて相変わらず最悪でした。あとは今年に入ってからは特に、女子の視線を少し意識しているような雰囲気も少なからず感じられました。

5年生になると男女でも好きな人ができたりなど、異性への意識もするようになるのは自然の摂理なのでしょうけど、牛島くんの場合、元の性格におデブな体型が加わったため女子に好かれるどころか、一層距離を置かれるようになっていました。(当然でしょう)
けれど本人はそれに気づいていないのか、多少は女子の反応も気にするようになっているようで、おとなしいタイプの女子をいじめたり、女子の前で抵抗できない男子生徒をからかっては女子に非難されては満足そうにはしゃぐのです。(何だか彼女たちから注目になることを楽しんでいるように僕には思えました)

その頃になると僕は磯部くんや高藤くんとつるむようになってきたので、3人で僕の家に集まっては、テレビゲームをしながら普段言えない牛島くんの悪口を、しりとりを使って言い合う遊びをしたりしていました。しりとりが終わると単純に悪口だけを言い合います。

「あいつ篠原さん泣かせてたよな」
「うっそ!いつ?」
「今日の掃除の時、オマエトイレ掃除だったから知らんだろ」
「うん、まじだよ。佐々木さん達めっちゃキレてたもん」

篠原さんは最近牛島くんによく冷やかしにあっている、気の弱い小柄な女子で、佐々木さんというのは牛島くんの幼馴染み(佐々木さん本人は否定)の女子のリーダーです。

「今時さ、あの佐々木怒らすとかできるのってあの豚くらいだろ」もちろん豚とは牛島くんの蔑称...。
「だよなあ、佐々木空手やってるっていうし。あの女1組のラスボスだぜ」
「じゃあ牛島くんは?」僕だけは牛島くんがいないところでも君付けをするようにしています。多分もし聞かれた時のためを思っていたからかも...しれませんw
「あんなのボスでもなんでもねーよ、友達だって一人もいないじゃん」
「そうそう、みんな友達のフリしてるだけだよ、フリ」

牛島くんのいないところでは口が随分達者な二人はだいたいいつもこんな調子です。泣かされた篠原さんを少し気の毒に思いながらも、その日も僕はゲームに熱中していました。

やがて春は終わり、5年生初の夏がやってきました。
学校では、プールの時間を楽しみにする生徒がほとんどですが、僕らのクラスのように一部憂鬱に感じている生徒も数多くいます。その原因とされている牛島くんは始終待ちわびていたようでした。

5年生から僕らは初めてプール前の更衣室を使用する許可を貰い(去年までは男女別々のクラスで分かれて、教室での着替えでした)新鮮な気持ちで更衣室を使わせてもらいましたが、牛島くんはさっさと着替えると更衣室の扉を全開にして女子を呼んだりと、一人大げさに笑ってはしゃいでいます。もちろん女子に牛島くんの味方なんて誰一人いないので、軽蔑した目で見られるのは牛島くんなのですが、やっぱり僕らも年頃...惨めな気持ちになるのには変わりはありません。

牛島くんはプール前の体育授業になると、さっさと一人で豊満ピチピチボディを揺らしながら体育館に走って行き、体育館での無駄な雑談授業が終わると去年同様にターゲットを決めて追い回します。
今年は彼の体重が極端に増えただけあって、みんな去年以上に逃走に必死でした。真夏のエアコンのない体育館でそのモチモチの肉厚に迫られて押しつぶされるなんて、想像しただけでゲロ吐きそうです。エンガチョなんです。

幸いデブった彼の運動能力が落ちたせいもあって、去年以上に牛島くんの足は遅くなっており、彼に捕まる生徒も少なかったですが、あまりに誰も捕まらないと牛島くんの不機嫌度が上昇します。すると牛島くんは指定した生徒の名前を彼は大声で叫んで呼びつけて、プロレス技をかけ始めます。もうこうなると僕らは黙って愛想笑いをしながら、黙って時間が過ぎるのを待つしかないのです。

「ハマちゃんがいればな」
プールの授業も終わり頃、自由時間になったところで高藤くんがぼそりと呟きました。
「濱地くん?」
「去年、あのデブ懲らしめたじゃん」
「あったよね、あいつ漏らしてた。あの時の顔今でも覚えてるわ。ケッサクだったよな」
磯部くんもそれを聞くと楽しそうに水に浮かびながら、女子に水しぶきをかけて笑っている牛島くんを横目に見てそう言いました。
「誰かに言ったの?」僕の質問に二人は同時に頭を振りました。やっぱり牛島くんが怖かったのでしょう。普段悪口を言い合ってるときにさえ、言わなかったことですから。
「今年は来れないのかな」
「先生に聞いたけど、ハマちゃん来ないみたいだよ。去年は特別だったんじゃないか。いろいろ家庭のことで大人の事情があったみたいだし」
大人の事情...。去年牛島くんが「ステラレタ」と、濱地くんを冷やかしているのを思い浮かべて、僕は身体を身震いさせました。
「しょうがないでしょ、濱地だって東京の友達がいるんだし」
「でもさ、あいつに対抗できるのって、ハマちゃんだけなんだよな」ため息を付くように磯部くんは言います。自由時間はもうそろそろ終わりそうです。
「それかさ、俺らで...」
ピーーー、と、石田先生が笛を鳴らした音が空に響き渡ります。今年から僕らのクラスを受け持つ他人の先生は、腹筋の割れた若い男教師でした。厳しく、声も大きいため牛島くん対策との噂です。(そのせいもあって、牛島くんは未だに先生の前では目立った悪さはしちえないので、石田先生はなかなか役に立ってるかもしれませんが...w)
「ん?なに?聞こえなかったよ」
「いや、やっぱりいいや」磯部くんは少し小さな声でそう言って黙りしました。

それは三日後のプール終了後の更衣室のことでした。牛島くんが更衣室のドアを開けた状態で、背後から磯部くんのタオルを捲り上げたため、たまたま通りかかった女子が、磯部くんのお尻を見て悲鳴を上げる事件がありました。

その日の帰り道。僕たちは、すっかり意気消沈してしまった磯部くんにかける言葉が見つからず、二人で牛島くんの悪口を言い合いながら、帰路を歩いていました。

「あいつさ、知ってる?今年になってもまだブリーフなの、あいつくらいだよな」
「アハハ、僕も見ちゃった。多分みんなより早く着替えるのもそれが原因だよね」

磯部くんは僕らの会話を聞きながらも暫く無言でしたが、急に立ち止まって僕らの目を無言で真っ直ぐ見つめました。そして、こう切り出したのです。

ーーーあいつに、仕返ししたい。

磯部くんのプランは、想像していた以上にしっかりとしていたのものでした。もちろんリスクは高いですが、やってみる価値はあると僕は思いました。
軟弱で何一つ自分の力でやり遂げられない弱虫な僕達ですが、僕らなりに立ち上がる決意をしたのです。たとえね、それがどんな卑怯な手を使ってでも。

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