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萌えタイ

人より目立たなくてもいい。
つまらない人間だって言われても構わない。
僕はただ穏やかに生きていたいだけなんだ。

メタボ高校生のぼくは、ある日突然、ボクシングを始める事になったんだ。
今までに触れた事の無い世界へ飛び込むと同時にぼくが感じたのは、味わった事の無い充実感だった。
「ボクシングってこんなに面白いんだ」
始めてから一ヶ月、二ヶ月経っても全く体重の落ちないぼくだけれど、それでもボクシングは好き。大好き。これからもずっとやっていきたいって思う。
「バッカみたい」
…なんて可愛い顔して酷な事を言う妹の美香は、実はぼくにボクシングを始めるきっかけをくれた妹。
最近はぼくの姿を見てボクシングを始めたみたいだけど、ほんのちょっと心配。
それでも、ぼくはそんな妹に今でも感謝している。毎日ただボーッと生きているぼくに、『生きている』、『頑張れる』ってことを実感させてくれるスポーツを教えてくれたんだから。
それでも、妹がぼくにボクシングを教えるのは、あるキッカケがあったみたい。
だからこれは、ぼくの…じゃなくて。美香の物語って言った方がいいかもしれない。
美香がぼくにボクシングを与えるキッカケをくれる、それまでの物語。

亀山太一。ボクシング入会、1ヶ月前。
駅の近くを通れば、高校生がちらほら歩いているのが見えた。いつもの光景だ。ほとんど見慣れた制服の中に、たまに見たくない制服が混ざっている。
お兄ちゃんと一緒の高校の制服…。
別に、お兄ちゃんがいれば、遠くからでも分かるんだけれど。
お兄ちゃんに外で会いたくない

そんな風に思い始めたのは中学に上がり初めて間もない頃からだった。
「美香のお兄ちゃんって知ってる?超メタボなのよ」
ある友達の告白のせいで私はその時、社会から抹殺される様な気さえ感じた。
「言わないでよ、それ!」
本気で真っ青になった私に、それ以後友達同士で私の兄の話は永遠とタブーとされた。けれど、思春期の女友達同士だと、どうしても男の話になってしまうのは仕方が無い。
「ねーねー。誰かカッコいい男の子紹介してよー」
「美香いないのー?男友達とかさ。お兄さんとかでもいいんだけど」
「えぇっ?」
マクドナルドで手にしていたコーラを吹き出しそうになる。突然お兄ちゃんのデブ腹が頭に浮かんだからだ。
「え…?いるの!?美香のお兄ちゃん超見たい!」
「え。い、いや…いるにはいるけど…」
ガラにもなく言葉に詰まりながらも、咳き込んでるフリをしてハンカチで口を擦った。
「うちのはそういうのじゃ、ないから」
「何よ、意地悪〜。あーあ。私の弟のたっくんが、もう4歳上だったらなー」
「ルリの弟の達也くんだっけ?超可愛いもんね。来年中学入学でしょ?あたし予約しとこうかな」
「何言ってんの?今がちょうどいいでしょ?」
「やだ、春香ってショタコンだったー?」
兄の話題から外れた友達同士の話題にちょっとだけ私は苦笑いした。だが、また残酷な話題は振り出しに戻ってくる。
「でさ、美香のお兄ちゃん。今度紹介してよ。いいでしょ?あたしが美香の妹になるんだから、文句ないよね?」
「あのね、文句は無いけど…いや、それ以前に…ほんと、そういうのじゃ…」
地味に真剣な目を向けている茶髪の友達から私は遠慮がちに体勢を弾く。
「何よー。クラス1、美人で有名な亀山美香様の兄もどーせ、クラス1、イケメン王子なんでしょ。しかも、高校生…」
彼女もコーラをずずっと啜ると、はぁっとため息をついた。
「羨ましいなぁ」
本気でそう言っているように聞こえた。
「そうかな……」
私も苦笑いしながら、本気でそう呟いた。イケメンとはほど遠いだらしない体のお兄ちゃんを頭に浮かばせながら。
なんでうちのお兄ちゃんっこんなんなんだろう
「美香ー。ソースとって」
食事中、お父さんの横でコロッケを齧っているまん丸顔のお兄ちゃんを睨みつけながら私は今日の友達との会話を思い出していた。
「う…な、なんだよ…怖い顔して」
「別に」
私は小瓶を取ると乱暴にそれをお兄ちゃんに渡した。
「こ、これ…醤油なんだけど」
既にコロッケに醤油を浴びせてしまったお兄ちゃんは恨めしそうな目で私を見つめている。
「何よ。お兄ちゃんがボーッとしてるから悪いんでしょ?瓶なんて見ればわかるのに」
同じ形の小瓶に詰められた同じ色の醤油とソースは分かりやすい様にマークが付いている。どこの家庭でも同じ様なものだ。
「でもさ…このコロッケさ」
気弱なお兄ちゃんも食べ物となると少しは食いついてくる。けれど、絶対に不機嫌そうな私とは目を合わそうとしない。そういうへたれなところを見れば見る程、ムカついてくるんだ。2つも年が違うのに。情けない。
「何よ?文句あるの?」
低い声でそう言うと、いや別に、と小さな声でそう言ってお兄ちゃんは醤油味のコロッケをチビチビ食べ出した。お父さんが呆れた顔でお兄ちゃんと私を見比べたがすぐに新聞に目を戻した。いつもの事だ。お父さんもいちいち気にしていない。

部屋に入って、自分の布団で二度寝返りをうった。本棚の上に立てられた写真立てが目に入って、慌てて階段越しに叫ぶ。
「お母さん!また勝手に部屋に入った!?」
キッチンまで私の声は届かなかった。捨てることもできない家族写真を私は引き出しの奥に片付けて鍵をかけた。
写真には私と、真ん丸の体系のお兄ちゃんがとても仲良さそうに映っている。けれどそれは小さな頃の写真であって決して今ではない。
別に昔特別仲が良くて、そして今特別に仲が悪い訳ではないのだけど。けれど、どうしてもあの大きさとそして昔から変わらないヘタレなあの性格が、ド短気な私の神経を刺激するのだ。

美香は、反抗期よね。
それに比べて太一は、昔と変わらないんだから。

お兄ちゃんを褒めてるのか。それとも部屋に蓄えたお菓子を夕飯前に食ってばっかりのお兄ちゃんに飽きれて呟いたのか、またはそれとも、ただ何気なく呟いたのか、そんなお母さんの言葉は少しだけ私をムッとさせたことがある。
「それどういう意味よ」
「美香すぐ怒るもんな」
機嫌を悪くしていた私にさらにお兄ちゃんの無神経な言葉が追い打ちをかけて、お兄ちゃんのお尻を蹴って夕食を食べずに部屋に駆け上がった。
「お兄ちゃんに乱暴しちゃ駄目でしょ」
お母さんの声は聞こえたけれど、舌を出してドアを閉めた。

こんなお兄ちゃんいらない。
あんなんがお兄ちゃんなら必要ない。

どんなに嫌いでも、私たちの部屋は隣通し。同じ屋根の下で過ごす私はそんなお兄ちゃんを嫌でも毎日見なければならないのだ。
また寝返りをうって私は壁に鼻先をちょこんと付けた。木のいい匂いがした。それと同時にテレビの音が聞こえた。性格に言うとゲームのピコピコ音だ。
ああ、もう。
ちくしょー。
と、こういう時にしか言えない乱暴な口調でコントローラーをかちゃかちゃ動かしている。それを私にでも言ってみろよ。と、頭の中で呟いた。すると少しして声は止む。別に興味はないが、私は今度は壁に耳を当てる。負けたのか。どーせ、落ち込んでるのかな。
「ああああああああ!!くそおおおおお」
突然、お兄ちゃんの低い叫び声が聞こえた。私は声に驚いて体を引いた。ベッドから落ちそうになる。
「ゲームにしか文句言えないくせに」
顔が歪む。足で壁を思い切り蹴り飛ばした。私の怒りに答えるように声は聞こえなくなった。

その翌日。私は、駅前で声をかけられた。初めてのことじゃない。いつものことだけれど。顔が格好良かったので、友達同士だったけれど立ち止まって笑顔を作った。
「はは、可愛いね。笑顔も超タイプなんだけど。あ、俺ヨシキね。自己紹介早かったかな?」
今風の高校生のヨシキさんは、茶髪に長身でファッションセンスも抜群だった。スラットした手足も比べ物にならないくらいうちのお兄ちゃんとは違っている。
「美香ちゃんだっけ?メアド教えてよ」
ヨシキさんはそれだけ言って、手を振って笑って去っていった。
「いーなー美香!絶対当たりだよ!あの人!」
「どうすんの?連絡しちゃう?」
友人たちが横で騒ぐ。私は彼から受け取ったメアドの載った紙をもう一度見つめた。
少し考えてから、私は紙をたたんで、制服のポケットに突っ込んだ。

それからは、ヨシキさんとは学校帰りに会う生活が続いた。一緒にマクドナルドに行って同じメニューを注文した。今まで付き合った年上の男の人の中でもヨシキさんとは気も抜群に合った。
夜は寝る直前までメールをした。

『今日も遅くまでメールありがとう!明日も学校終わったら、いつものトコで会おうね(^o^)/』
『うん(^_^)また連絡する』

携帯を閉じてベッドに仰向けに倒れた。もうちょっとメールしたかったけれど自分からは言い出せない。しつこい女だと思われるのは嫌だった。どうせお風呂も入らないといけないし。
すると突然携帯が鳴って、私は飛び起きた。
ヨシキ。と、サブディスプレイに文字が浮かび上がっている。
「……はい」
私は呟くように返事した。
「ごめん。やっぱり、もうちょっと話ししたくて」
まるで運命のように思えた。ここまで気が合うなんて。胸をたからせながら私は携帯を握って、それから30分もヨシキさんと話していた。

電話を切ると私はパジャマを抱えて風呂場に向かった。お兄ちゃんの部屋からは何の音もなかったが何も気にせずに下の階へと向かう。洗面所に入るとシャワーの音が聞こえた。
「お母さん?うそ。私、今から入るんだけど。早く出てよー」
声はしない。今日は私が一番風呂だって約束したのに。信じられない。
「ねー、お母さん。もう!返事してよね。明日学校あるから、早く寝たいんだから」
思い切り浴槽の扉を開けた。そして私は体を凍り付かせた。見えたのは大きな背中とお尻だった。そう、ほかの誰でもないあのお兄ちゃんの。
悲鳴を上げると裸のお兄ちゃんは振り返って、ぎゃあああと、同じように声をあげる。さらに振り返った瞬間に世界で一番見たくないだらしのないお腹が目に飛び込んでくる。それより下も、見てしまったかもしれない。咄嗟に洗面所にあった石けんや空のボトルを投げつける。
「おわっ…や、ややめて、美香!しっ、閉めてよ!」
お兄ちゃんは慌てて洗面器で股間を隠しながら扉を閉めようとする。私だって閉めたい。けれど、これ以上あの物体に近づきたくない。
「来ないでよ!変態!最低!」
そう叫んで私はまた目を背けながら手探りさせる。だが、次に手に取ったのは運悪くもお兄ちゃんのどでかいトランクスだった。気を失いそうになりながらも悲鳴をあげてそれをお兄ちゃん目がけて投げつける。トランクスはうまく顔に被さり、さらにお兄ちゃんは石けんに躓いてひっくり返る。「あ、」と弱々しい声を上げたお兄ちゃんの股が開かれたかと思いきや、お兄ちゃんは腰を床へと叩き付けた。
「あ、お兄ちゃん、だ、大丈夫……」
思わず声をかけようとした私だったが、「いたたたたた」と腰をさするお兄ちゃんの股は全開に私の前で開かれていた。
「…ゲッ」
お兄ちゃんが気づいて股に手をおいたが時は既に遅かった。そう。その時見た光景は、私の人生の中で、一番卑劣な光景だっただろう。
もう声にならない音を喉からあげながら、私は部屋へと駆け上がって乱暴に扉を閉め、鍵をかけた。
もう二度とあの人と会話なんてしたくないと思った。


マユが教室の後ろでものすごい馬鹿笑いをしたものだから。私は慌てて彼女の口を塞いだ。
「笑わないって言ったじゃない」
真剣な顔で顔を赤くして言うと、マユはごめん、ごめんと繰り返し言って、それでも止まらない笑いを咳で誤摩化していた。
「だって、美香から太一くんの話聞くと面白いもん。へぇ〜見ちゃったんだぁ〜。太一くんも、相当心痛めてると思うよ」
マユは小学校からの同級生で、唯一私のお兄ちゃんの存在を知っている友人でもある。昔三人で遊んだこともあるし、だからこうやって、あり得ないくらい馬鹿な話も話せれる相手なのだ。
「どっちが心痛めるのよ。私でしょ?あんな汚いもん見せられて」
「高校生のアレなんてそう見られるもんじゃないわよ。しかも大股開きだったんでしょ?」
そうだけど、と私は小さな声で呟いた。
「ほらね。収穫よ収穫。せっかくなら携帯で写真とってくれればよかったのに」
「何それ?どういう意味?」
「あたしだって見たかったわよ」
「いい加減にしてよ、マユ。あんな不吉なもんみたら、一晩寝込んじゃうわよ」
「はいはい。で、教えてよ。どんなんだったの?」
「はあ?」
私は顔を赤くする。マユが何を期待しているのかわからない。手の指を突き出して、どれ?と、興味津々な顔で尋ねてくる。
「どれって、あのねぇ。指でやらないでよ」
「あ、太一くんだったら、やっぱり小指の方かな?やっぱり。あ、長さも考えれば足の小指の」
「もー!マユ!変なのに例えないでよね!それに、あんなボヨンボヨンでも一応お兄ちゃんなんだから!」
つい血が上ってしまい、私は机を叩いてそう叫んでいた。だが、賑やかだったクラスが急に静まり返った。
気がつくと周囲の生徒たちが私を見つめている。
「あ、えーと。バレーの話ね。ボヨンボヨンって、よくほら。うち、仲いいから!一緒にスポーツするんだ〜」
すぐに生徒たちは私から視線を外す。こんな状況だからこそ、長身のイケメンで通っている(主に勘違い)私の本来のデブっちょのお兄ちゃん像は、マユ以外には誰にも言えるはずがないのだ。
「あのさ。隠してるとこ悪いけど。いつかバレるよ。絶対それ。正直に言ってもいいんじゃない?」
「絶対にいや!そんなことしたらいじめられるに決まってるでしょ!」
キツメにそう言うとマユはため息口調で、太一くんいい子なのにぃ、と言って首を傾げてみせた。
そりゃ、私だってわかっている。あんなにお人好しの兄は、結構稀な存在かもしれない。
けれど、私だって妹だ。ちょっとはお兄ちゃんっぽい態度くらいして欲しい。私がビックリするくらい痩せた体系に変身して、帰ってきて欲しい。

それから次の週のこと。私はヨシキさんと一緒に学校帰りに商店街を肩を並べて歩いた。
「俺たちってもう付き合ってるんだっけ?」
私の飲みかけのコーラをヨシキさんは受け取ると、照れた口調でそう言って、私の返事を聞かずにぐいっと飲み干した。ちょうど私たちの足は公園にさしかかったところだ。ヨシキさんは足を止めて、片手に缶を持ったまま私にキスをした。
心臓が破裂しそうなくらい、ドキドキと、音を立てていた。
「ごめん。初めて?」
もちろん、初めてじゃない。けれど、いつものように遠慮がちに頷いた。もう一度していい?と、ヨシキさんは私の耳元でそう尋ねた。
公園にはあまり人はいなかった。別にいても大して気にしない。私はもう一度ヨシキさんと唇を重ね合わせた。と、そこで、何やら丸い物体が視界で動いたのに気がついた。
「あ…」
自分から唇を放してしまい、ヨシキさんは驚いた表情で私を見つめた。
「ご、ごめん…やっぱり嫌だった?」
「い、いや…そんなんじゃなくて…」
公園の当たりを見回す。草むらの陰から何かとんでもない場違いな物体を見かけた気がしたのだけれど…。気のせいだろうか。
「そう?じゃあ」
ヨシキさんはまた私に顔を近づけようとする。ヨシキさんの後ろに公園の公衆便所が見える。裏から丸い物体が飛び出してきた。ヨシキさんと同じ制服。けれど全く別の世界からやってきたようにも見えるその人物。お兄ちゃんとは信じたくなかった。
「あ、美香……」
お兄ちゃんは声を上げて、しまったと言うように口を手で押さえた。外での会話は禁止していた。特にヨシキさんと付き合い始めてからは絶対にお兄ちゃんだけには見られたくなかったのだから。
「どうしたの?」
ヨシキさんはさっと後ろを振り返る。お兄ちゃんはさっと木の後ろに隠れた。ヨシキさんはさきまで私の見ていた茂みに目をやり首を傾げた。
「何かいた?」
「いや…何も…」
だが、完全に動揺した私の目は誤摩化せなかった。ヨシキさんは疑いの目で私の目をしばらく覗き、それから茂みの方へと歩いていった。そして数秒後、お兄ちゃんの片手を引いて歩いてくる。
「この、デブだ。コソコソ盗み見してやがった」
背の高いヨシキさんと肩程度のお兄ちゃんはしょんぼりした様子で頭を垂れている。どちらにも顔が上がらないようだ。
「しかも、ほら。携帯なんて握ってよ。盗撮してたのかぁ?」
怖い口調でヨシキさんはお兄ちゃんに詰め寄る。いやいや、とお兄ちゃんは首を振る。
「いいから見せろって」
ヨシキさんはお兄ちゃんから携帯を乱暴に取り上げる。メール画面になっている。
『誰それ?』とメールにはそれだけタイプしてあった。多分ヨシキさんのことを私に聞こうと思って木の陰からメールしたんだろうと感づいた。運良く、宛先はまだ空の状態だったから助かった。
「はは〜ん。なるほどねー。慌てて画面切り替えたってわけか」
ヨシキさんはお兄ちゃんの髪をくしゃくしゃ撫でながら、どういたぶろうか迷っている様子だった。さすがにお兄ちゃんだとは言えないが、どうにかしなければいけないと思った私は声を上げる。
「ま、いいじゃん。ほっとこうよ、こんなやつ」
「駄目だって。こんな坊ちゃんから盗撮魔ってさ。見過ごすと手遅れになるもんだぜ?俺が教育してやんねーと。それとも、それが嫌なら警察言ってもいいんだぜ?」
「ええ!?」
お兄ちゃんと私は同時に声を上げる。警察に行くとなれば二人で共倒れだ。亀山という名字から現住所、そして電話番号まで瓜二つの学生証という証拠まで揃っている。
「じゃ、じゃあ。ちょっと。教育の方が」
私からそう言った。泣きそうな顔でお兄ちゃんは私の顔を見つめる。気づかれないように目で合図した。
(それしか方法がないでしょ)
私の目に答えるのか、何でもします。とお兄ちゃんはそれだけ言って、ヨシキさんに観念したように頭を下げた。
「へへ〜。ってことは、面白いもん見れそうだな。今日は」
ヨシキさんは悪戯っぽく笑うと。「ちょっと待っててね」と私にそう言ってお兄ちゃんの手を引いて、公衆便所の中に入っていった。
面白いもの。何だろう。私はいろいろ想像する。まさか、教育ってボコボコにするのだろうか。だとしたら大問題だ。けれど、そんな様子ではなかった。それにヨシキさんは乱暴する人には見えない。
けれど、最後の一言がどうも気になる。まさか…お兄ちゃんの顔に落書きをするのだろうか。それなら構わない。トイレもあるし流して帰って、後で…謝ればいいから。いや、でも声をかけたお兄ちゃんが悪い訳であって…。
そう考えていると、ヨシキさんが公衆便所から出てきて、木の隣で私を手招いた。
「え?何?何?」
動かないでいると、ヨシキさんは私の方まで走ってきて、私の腕をつかんだ。ヨシキさんの顔はいつもと違った笑みが浮かび上がっている。私に見せるのが待ちきれない、そんな様子だ。
「いいから、ほら。早く」
何だろう…。私はつられてヨシキさんと一緒に駆け足でトイレに向かった。そして公衆便所の中を見るなり、唖然とした。少しの間、開いた口が塞がらなかった。
「はっはっは。ビックリした?」
男子トイレの小便器の横では、太っちょのお兄ちゃんが立たされていた。ただ立たされていたのではない。お兄ちゃんが着ているものは何もなかった。学生服もズボンも、そして靴も靴下も。…パンツさえ。
お兄ちゃんはメタボ腹を突き出して、さらに同時に私の記憶から消そうとしていたお風呂で見た同様、小さなおできみたいなおちんちんを股の間にちょこんと付けて泣きそうな顔をして立っている。
引きつった顔でじっと見つめていると、お兄ちゃんは顔を青ざめながら片手を股間にそっと置いた。途端にヨシキさんがお兄ちゃんのお尻を蹴飛ばした。
「おらぁ!気を着けしろって約束しただろ!」
「はっ!はぁいっ!!」
またしても全裸のお兄ちゃんは私の前で直立する。妹の私の顔も見てられないのか、それとも赤く染まった表情を見せられないのか、顔を床に向けて、生まれたままの姿の体を私に向けて、恥ずかしそうにもじもじとときたま裸足の足をトイレの床で踏みならしているのだ。ただ、おちんちんの上にはチョビットだけ毛が生えている。あとはもちろん体の大きさを除けば、昔私と一緒に入った時と何も変わらなく、あの頃から全く変化がないと言った感じだ。
「あ、あの…これって」
私は言いにくそうにいって、ヨシキさんを振り返った。
「ん?盗撮した罰。俺らのプライベートな瞬間見られた訳っしょ?俺らだって、こいつのプライベートなトコ見る権利あるっしょ?」
お兄ちゃんのだらしない裸体を隅々まで楽しそうに見つめながらヨシキさんは笑って、携帯を私に渡した。
画面にはお兄ちゃんの股間のアップが堂々と映っている。キャッと私は悲鳴を上げると、ヨシキさんはケタケタと楽しそうに笑った。
「ふつーこんな小さいはずないんだけどねぇ。こいつのは特別。ミニちんだぜ、こりゃ」
「…う、うん」
会話を流す様に私は頷く。ヨシキさんは私の手から携帯をもう一度取ると、続けてお兄ちゃんの股間にカメラを向けてまたシャッターのボタンを押した。
ピロリーン。ピロリーン。と、シャッター音だけがトイレに響く。
「おい。こいつ、チンコ揺らしてるぜ?嬉しいんだぜ、きっと」
恐怖の為か、足をガクガク振るわせているお兄ちゃんはその振動で同じく股間もピョコピョコ震えてしまう。その姿があまりにも滑稽で、ヨシキさんはケラケラ笑って度々私に振り返って同意を求めた。その度に、私はもう止めて、とヨシキさんに縋ろうとする。けれど、毎回鳴るシャッター音が、私は言葉を詰まらせる。
「ほら、今度はタマタマも撮れたぜ」
「見て見て!ここの玉の裏側にさ。ほら、毛が一本生えてる!だっせー」
あまり見ない様にして、私は頷いて適当に合わせた。お兄ちゃん自身さえ見た事も無いお兄ちゃんの恥ずかしい写真なんて、妹の私が見るだけでもどれほどお兄ちゃんに屈辱を与えるかなんて想像すらできない。
「うん、そだね…」
けれど、エスカレートしたヨシキさんはお兄ちゃんの後方に回って、屈んでお兄ちゃんのお尻まで撮り始める。
私はギリッと歯を噛み締めた。もう嫌だ。こんなの。こんなの。おかしい。こんなのイジメじゃない。
すると、初めて蚊の無くような小さな小さな声が。お兄ちゃんの口からそっと漏れた。
「……や、やめで…」
私もこんなお兄ちゃんの顔なんて見たくなかった。涙をボロボロと顔を濡らしたお兄ちゃんは丸裸で気をつけた姿勢のまま、ヨシキさんにそう頼んだのだ。
「えぐっ…うぇ…も、も…もう…やめでぐだ…さい」
涙がお兄ちゃんの突き出したお腹に落ちて下半身へと伝っていく。それを見てヨシキさんは馬鹿にした様に笑い声を上げた。
「おいおい。お前の涙。ちんこに届いちゃったぜ?」
ヨシキさんは背の低いお兄ちゃんの頭をくしゃくしゃ撫でながら、屈んでまたお兄ちゃんの急所をカメラに収めた。
「でも、お前が悪いんだろう。俺と美香ちゃんを盗撮してたんだからさ」
またお兄ちゃんの涙がお腹を伝う。ヨシキさんは屈んだままでお兄ちゃんの小さなおちんちんに視線を合わせてニヤッと笑った。
「んじゃ、最後に一番恥ずかしいとこ写真に撮らせてもらって。終わりにしてやろうかな」
ヨシキさんはお兄ちゃんの性器に手を伸ばす。
「う…あ…あ…」
声にならない悲鳴をお兄ちゃんは漏らした。私も見てられずに顔を背ける。
皮が被った包茎ちんちんのその先っちょヨシキさんは弄ぶ様に摘むと、そこで満面の笑みで私に頷いてみせた。小さく首を振った私にヨシキさんは全く気づかなかった。
「ちゃんと洗ってるかぁ。中見られるのなんて初めてだろう。お前もどうせ」
「いやだっ、いやだっ」
幼いおちんちんを摘まれたまま何をされるか分かった様にお兄ちゃんは必死に首を横に振った。
「幼そうな顔してもさ。普段エロいことばっかやってるんだろうな。どうせ中、チンカスばっかんだろ?」
「や、やだっ。いやっ…や、やめでっ。お…お願いっ」
お兄ちゃんの頼みは私同様、ヨシキさんには全く届かなかった。お兄ちゃんのおちんちんの皮は私の前で捲られて、ピンク色をした亀頭が完全に姿を現した。今までできた彼氏のアソコを見てなければ、きっと私も泣き出してしまったと思う。 けれど、お兄ちゃんの亀頭を見ることになるなんて。しかも、こんなカタチで。
「なんだ、奇麗に洗ってるじゃん!あっはっはっは」
ヨシキさんがお兄ちゃんのおちんちんの皮を捲ったまま大笑いする。携帯のカメラがお兄ちゃんの亀頭へと向いた。
やめて。私は心の中で叫んだ。
「あっはっは、いくぞ〜〜」
お願い、やめて。
「うぇ、うぇえ…えぐっ…うぅうう…やだぁ」
お願い、やめてあげて。
「ほら、チンコ揺らすなよ。ピントずれるだろ。はは、捲れたまんまで揺れると、キモイなぁ、おい」
お願い!!!
「うぅ…うぇえ…うああああああ」
ピロリーン
シャッター音が鳴るか鳴らないか、私は勢い良く男子トイレを飛び出していた。その後ヨシキさんから連絡はあったけれど、私は電話に出ようとはしなかった。もうヨシキさんの気持ちは完全に冷めてしまっていた。それよりも考える事がたくさんありすぎた。
家に、帰ってから少しすると泣きはらした顔でお兄ちゃんが家に帰ってくるのを見かけた。私と目が合うと赤い顔をして、すぐに目を逸らせて部屋へと逃げる様に入っていった。その後も、お兄ちゃんは夕食も食べずと部屋にこもっていた。ゲームの音も聞こえなかった。心配で壁に耳を近づけて様子を伺っていると、少しして啜り泣く声が聞こえた。
聞いてはいけない気がして、私はさっと壁から顔を放して、布団の中へと潜った。そこで初めて携帯が音を立てた。

『今日どうしたの?(^^;)突然帰っちゃったけど?刺激的なもの見ちゃったからかな?』

ヨシキさんからだった。ヨシキさんがタイプした文字を見続ける。刺激的なもの。ふざけないで、と頭の中で呟いた。
私は思い切り携帯を壁に投げつけた。枕に顔を押し付けて涙を流した。自分の涙が何を意味するか分からなかった。お兄ちゃんを助けれなかった自分にも腹が立ったし、自分の前であんな情けない格好を貫けるお兄ちゃんのヘタレさにもすごく腹が立った。何もかもが悔しく思えて仕方が無かった。

とん、とん

それから数十分後、部屋の戸を叩く音が聞こえた。お兄ちゃんが部屋に入ってくるなんて珍しかった。というか、入って来たら私が怒鳴ってるんだっけ。
「…なに?」
「ごめん」
言葉が被さった。お兄ちゃんの声の方が大きかった。いつもの様に半袖短パンの家用の姿のお兄ちゃん。背伸びするとお腹から少しヘソが出るのをいつもは馬鹿にしている。だが、今日はそんな気分じゃない。
「…ぼくの変なとこ見せちゃって…ごめん」
お兄ちゃんはできるだけ目を合わせない様に、それでも私の方を必死で見る努力をしている様にも思えた。けれど、私はお兄ちゃんの方なんて全く見つめ返す勇気なんてなかった。本当は謝りたかったのに。謝らなきゃダメなのに。
「わざわざ、そんなこと言いに来たの!?」
意識無しに、厳しい声でそう言っていた。
「……え」
「あの人、彼氏なの。いいトコだったのに。時間台無しにされて」
何言ってるの私。
「それに、私はあんたの醜い体も、オマケに見たくもないトコ見せられたのよ。あんな卑劣なもの見せられて、お嫁になんて行けないわよ」
何言ってるんだろう、私。止まれ。
「いい気味だったわよ。写真まで撮られちゃってさ。後で、メールで送ってもらうから転送しようか?お兄ちゃんも自分でその詰まんないモノ正面から確認してみたら?」
止まれ、お願い。止まってよ。
「あは、でもそんなこと無理よね。だってお兄ちゃんみたいなメタボ腹体型にちっちゃい包茎ちんちんなんて、どっからどう見ても生き恥なんだからさぁ」
ハッとしたけれど、もう遅かった。お兄ちゃんは蒼くなった顔と唇を私に向けていた。
「う…うん、ごめんね」
小さな声でそう謝ると、肩を落として部屋に戻っていく。
お兄ちゃんの部屋の戸が閉まる前に、ぐすっ。と鼻水を啜る音が聞こえた。

お兄ちゃんは何も悪くないのに。悪いのはあたしなのに。

あたし、最低………。

私はゆっくりその場でしゃがみ込んだ。さっき投げた携帯が足下に転がっていた。それを拾い上げる。

不在着信 4件

どれもヨシキさんだった。私は携帯をしっかり握りしめた。電話口からヨシキさんの声が聞こえた。


「え、どういうこと?」
翌日、昨日と同じ公園で、ヨシキさんは驚いた顔で私に確認する様に二度程尋ねた。
「だから、あれ。消して欲しいんです。昨日の写真」
冷たい口調で私は言った。昨日の一件以来、もうヨシキさんには興味のひとかけらもなかった。だから、会う理由と言えば、たった一つしかないのだ。
「何でよ?別にいいじゃん?盛り上がるんだよね。ああ言う弱っちい高校生苛めてさ、写真撮ってツレに送るとさ。後、合コンとかでも最高に使えるしね」
「…盛り上がる?」
たったそれだけの為にお兄ちゃんはこの人のダシに使われたと言うのだろうか。感じた事のない怒りが頭を過る。
「あ、ごめん。美香ちゃんにはキツ過ぎたかな。それだったら謝るよ。俺にとっちゃいつもの事だからさ」
「消してください」
私はゆっくりと落ち着いた口調で静かに言った。もう年上だろうが怖くなかった。こんなチャラ男。一度でも好きになった自分が情けない。
「だからさー。あのね〜」
「消せって言ってんだろうがあああああーー!!」
思い切り私は彼の襟を掴んで上に持ち上げる。
「え!?なっ。な、ええ?み、美香ちゃん!?」
明らかに動揺した様子でヨシキさんは呻いた。
「ど、どうしちゃったの?」
「私にぶん殴られたくなかったら消すの。いいの?私だってあなたの送って来た赤ちゃん言葉のメールを学校中にばらまいてもいいのよ?あなたが女子中学生好きの超ロリコンだってこともね!」
彼の顔はどんどん青ざめていく。そしてとうとう観念したようにこう叫んだ。
「ご、ごめんなさいっ!わっ、わかりました!」
その後、ヨシキさんは私の目の前でお兄ちゃんのアソコが映っている写真を全て消去した。
「これで、全部?」
上から目線で私はヨシキさんに冷たくそう言うった。
「はい」と、彼は頭を下げる。
「誰かに送ったりしてないでしょうね?」
今度は堅く首を振った。もう大丈夫だろう。
「うちのヘタレお兄ちゃんに、二度と近づかないで」
私は鋭い視線で彼を睨みつけ、頭上に唾を吐きつけてやった。
「え……お、お兄ちゃん!?」
素っ頓狂な声を上げる。
「そうよ。メタボのヘタレで悪かったわね。…でもね、あんなのでもね」
あんなのでも。
そこまで言って私は考える。あんなのでも。いいところあるんだから。そう言いたかった。どんなに間違ったことをされても、自分から謝っちゃう程お人好しな人。ただ、気が弱いだけかもしれないけれど。それでも。
私はそんなお兄ちゃんが大好きだから。…って。

「いいや。じゃあねバイバイ」
それだけ言って、私はクルッと振り返った。数歩歩くと突然後ろから勢い良く体を掴まれた。
「調子に乗りやがって!」
ヨシキさんだ。思い切り体を動かす。
「このっ!!」
悲鳴を上げようとするが、口を手で抑えられる。
彼の大きい手に噛み付いた。
ヨシキさんは悲鳴を上げて、この女っ、と叫ぶと私の頬を一発平手で打った。
私は地面に倒れる。
「っててて…マジで最近のガキはムカつくよなぁ。あれが、お前の兄貴?はっ、冗談じゃないらしいな。笑わせるぜ。妹が決死の逆襲かよ」
ヨシキさんは一歩一歩私に近づいてくる。私は手と腰を地面につけたまま、後ろへ下がる。
「何よっ!恥ずかしくないのあんなことして!うちの兄と同じ高校生のくせに随分考える事幼稚じゃない!」
「幼稚…?それはお前のお兄ちゃんの可愛いちんちんのことじゃねぇか?妹の前でデブデブの裸体晒されて泣いてんだろ?俺だったら……自殺しちゃうなぁ」
ニーッとヨシキさんは笑った。悔しい。悔しい。こんなやつのせいで、お兄ちゃんが…。
「そーだ。いっその事、お前の恥ずかしい写真も撮ってさ。兄妹共々、ネットに……」
そこまでヨシキさんは言った途端、ブホッ。と顔を凹ませて横に倒れた。誰かの拳がヨシキさんの顔面に入ったのである。
ちょうど夕焼けの光とその人が重なって、辺りがぼやけた。けれど、辺りがぼやけたのは涙のせいだったとすぐにわかった。自分でももう最初からわかってたのかもしれない。いや、分からずにはいられない。こんなだらしないメタボ体型。そういないんだから。
「お…お……お兄ちゃん…」
私は声を上げる。同時にヨシキさんは蹲ったままお兄ちゃんを見上げた。かなり顔面にダメージを受けている様だった。口の中が切れたのか、口内から血が出ている。地面に唾を吐いた箇所が、赤く染まっている。
「ごほっ、ごほっ、な、な…お前……」
お兄ちゃん、そんなに強かったんだ。もう一度顔を上げる。お兄ちゃんの大きな背中だけが目に映っている。
「美香をいじめるヤツは…許さないからなっ!」
低い声でお兄ちゃんはそう言うと、ヨシキさんは腰を引いたままそのまま走って公園を出て行った。
少ししてお兄ちゃんは私に向き直る。
「大丈夫?」
いつもの無神経な丸顔だった。
「大丈夫よ」
ツンとした表情で私はソッポを向いた。でも、本当は嬉しかった。本当は、声を上げて泣いてしまいそうだった。
「美香。泣いてんの?」
本当に、こいつは。無神経なんだから。
「違うわよ。ってかね。誰のせいでこーなったと思ってるの」
「ごめん、ごめん」と、お兄ちゃん。
そして、私に手を差し伸べる。しばらくお兄ちゃんの太い腕を見つめていた私は、フフッと笑ってその手を握りしめた。
「指の先まで、すごい肉ね」とだけ言って笑ってやった。
お兄ちゃんは何も言わなかった。ただ、家までつないだ手を放さないでいた。
だから、私も。今日だけは。この瞬間だけは。
素直の自分でいた。

「ボクシング?」
マユが顔をしかめる。額にシワが寄って私はクスッと笑う。
「そう。ボクシング。しかも本格的なジムで習わせるの。しかも、あのメタボには当日まで秘密」
「太一くんが?できるのかね〜。そんなハードなこと。ゆる〜〜〜〜い性格の子でしょ。あの子。地震が起きても大抵気づかないじゃん?」
頭を掻きながらマユはそう言った。まあそうだけど、とそこは私も素直に認める。
「それでも、痩せさせるの。あのメタボ体型が治れば、ちょっとはマシになるんだから」
「ふ〜ん。でも、なんでわざわざボクシングなの?他にあるじゃん。ランニングとかさ。太一くんにもできそうなこと」
「まあ、ね」
私はちょっと頷いて。昨日の事を思い出した。もちろん思い出すのは昨日のお兄ちゃんのカッコいい姿。普段はヘタレだけど。それでも、あのパンチはすごい。すごいと思った。どうせ体重の利いたフェイクパンチだろうけど、それでもすごい。
「やっぱり、ボクシングはダイエットにもいいからね」
「だからー。別にボクシングじゃなくてもー」
「いいのボクシングで」
「もー。太一くん可哀想〜!って…私も未だに美香ちゃんにしごかれてる太一くんは見てみたいけどね」
「何その、私が悪役みたいな言い方!」

その後、二人で笑って。私はお兄ちゃんを連れてジムに通う事になった。
全ては、お兄ちゃんのメタボを治すため。
いや…。私の中で、きっと他に理由があるかもしれない。
けれど、今はそんな理由なんてどうでもいい。
痩せられなくて、またあの時みたいにいじめられたら、私が助ければいいんだから。
それでも、お兄ちゃんならやれるとこまで、きっとやってくれる気がする。

「仕度して、5分以内」
「……えぇっ!?」
私が決めた事なんだ。
「ダイエットにはボクササイズがいいって聞いたので、ぜひ兄を入会させたいと思いまして!」
だから、最後までお兄ちゃんを見届けなきゃ。
「えっ…なんで美香がいんの!?」
「見張りよ、見張り!誰かがまた逃げ出さないように!」
頑張って、お兄ちゃん!

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